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日本人映画監督

基本情報>
新藤兼人(しんどう かねと 1912年4月22日~2012年5月29日)
日本の映画監督、脚本家。日本のインディペンデント映画(自主映画)の先駆者であり、日本映画監督の重鎮として活動を続けた監督。広島県佐伯区出身。

映像作品に対するこだわり>
自主制作映画の先駆者、社会派作品の監督など新藤を語る上では様々な名称がある。社会的テーマを扱った作品をとり続けてきたというイメージがあるが、作り出されてきた作品群の中にはコメディやミステリーなどもある。新藤は「頼まれた仕事は断らない」ということを信条として様々な仕事を請け負っている。そのため、自主制作映画の先駆者としての側面だけではなく、大手映画会社の作品作りも行なってきた。
だが、大手からの依頼には柔軟に応えても、自分の独立プロダクション『近代映画協会』で製作する映画では、一貫して「性と人間」そして自分が生まれ育った「広島」にこだわり続けた。50年代には多くの独立系プロダクションがあったが、60年代が近付くにつれ、多くのプロダクションが倒産していく。近代映画協会もまた例外ではなく、多額の借金を重ねていたが、『キャスト2人・スタッフ11人・撮影期間1ヶ月・予算500万円』で撮った「裸の島」が大ヒットし借金を完済。このときの手法“オール地方ロケ、全員で合宿、全員参加のミーティングを行い、それぞれの持ち場を越えて意見する”が、現在に至るまでインディペンデント映画の王道となっている。また、新藤は同世代の映画監督たちとは違い、自らの脚本を他の監督に提供し、なおかつ高い評価を受けている作品が多い。新藤が日本映画界の重鎮と呼ばれるのは、高齢になりながらも映画監督を続けたことだけではなく、監督として、脚本家として多大な貢献を日本映画界に行なってきたからである。

エピソード>
日本映画監督の巨匠である溝口健二に自らの脚本を見せた際に「これはシナリオではありません、ストーリーです」と酷評を受けて自殺まで考えたという。新藤は「近代劇全集」の全43巻を読み直すことからはじめ、自らの脚本を見つめなおしたという。「ドラマも人生も、発端・葛藤・終結の3段階で構成される」を持論として亡くなるまで映画人として活動をし続けた。

新藤は2012年のブルーリボン賞の授賞式で、当時99歳だった新藤と、当時7歳だった芦田愛菜との『92歳差のツーショット』で会場は大いに盛りあがった。その2ヶ月後に100歳の誕生日を迎え、そして5月29日に老衰で亡くなった。

代表作品>
原爆の子
裸の島
午後の遺言状

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