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日本人映画作品

基本情報>
原爆の子(げんばくのこ)
1952年(昭和27年)8月6日に公開された日本映画
監督は新藤兼人であり、脚本も自らが担当している。長田新が編纂した作文集である「原爆の子〜広島の少年少女のうったえ」をベースに本作は作られている。GHQによる統制下が解除された1952年に発表された作品であり、おそらく日本で最も古い「原爆」を題材とした映画作品である。

あらすじ>
主人公である石川孝子(乙羽信子)は昭和二十年八月六日、原爆が投下された時に広島に住んでいた。家族は亡くなり、彼女だけが生き残ったのだった・・・戦争が終わり、瀬戸内海の小さな島で女教師として働いていた孝子は、広島時代に勤めていた幼稚園の子どもたちの消息が気になり、夏休みを利用して再び広島へと帰ってきた。当時、一緒に働いていた旧友の夏江に住所を聞き、孝子の生徒たちを次々と巡る旅が始まる。懐かしい教え子のひとり、三平は中学生になっていた。貧しい家庭を助けるべく靴磨きをしている。同じく中学生になっていた敏子は原爆症に罹り、病床に臥せる日々であった。平太は両親を亡くし兄と姉と暮らしている。それぞれに厳しい原爆の爪あとが残りつつも、真面目に、ある者は明るく、そして健気に生活しているのであった。やがて、孝子は今は亡き父の下で働いていた岩吉と再会する。彼は原爆で息子夫婦を失い、7歳になる孫の太郎と、貧しいあばら家で暮らしているのだった。不憫に思った孝子は二人に、いま自分が暮らしている瀬戸内海の小島に引っ越してくるよう説得する。だが、岩吉は首を縦に振らない。それでも孝子は、せめて幼い太郎だけでも連れて帰ろうと考える。

エピソード>
カンヌ国際映画祭に出品されるも、アメリカが圧力をかけ、工作に外務省が動いたという逸話が残っている。年後間もない頃に「原爆反対」をテーマとした作品を世に出すということの難しさを感じさせるエピソードだが、高いテーマ性や原爆を許さないという各国の高い支持を受けて、第8回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭平和賞、第10回英国アカデミー賞国連平和賞、ポーランドジャーナリスト協会名誉賞など多くの賞を受賞した。

現在も世界中で上映されつづけている映画である。2011年4月22日には本作品の完成から60年の時を経て、ニューヨークで初上映された。この11年4月22日というのは、新藤監督99歳の誕生日である。

キーワード用語集

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