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日本人映画作品

基本情報>
東京オリンピック(とうきょうおりんぴっく)
1965年(昭和40年)3月20日に公開された日本映画。
監督は市川崑。1964年に開催された東京オリンピックの記録映画である。ただし、一般的に言われるような、単なる映像による記念大会の記録ではなく、市川を中心に、妻で脚本家の和田夏十や詩人の谷川俊太郎、若く才能あふれる脚本家の白坂依志夫といったメンバーで、筋書きなど書けるはずもないオリンピックの『シナリオ』を準備したとされ、当時は大論争を巻き起こした問題作でもある。当時の常識を遥かにこえる超望遠レンズを使用して選手の表情や動きに迫る演出方法などを多用し、「記録か芸術か」という議論を巻き起こした。ただ、当時としては記録的な12億2321万円の配給収入、カンヌ国際映画祭国際批評家賞受賞など、作品としての評価は非常に高い。

あらすじ>
作品なのか物語なのか・・・本作は会場を建設するために、街を再開発するところから始まる。1964年の10月。日本をあげて、“東京オリンピック”の歓迎準備は万端整った。1940年に開催される予定だったこの大会・・・有色人種が主催する、初めてのオリンピックである。羽田空港にはアメリカ選手団を初めとして、世界中の選手が到着した。万国旗のひらめく中、聖火は最終ランナーの、広島で生まれ育った青年へと渡される。平和を象徴する鳩が舞い、平和の中での競技が始まる。東京の競技場のあちこちで、鍛え上げられた美しい身体が跳ねる。女子ハードル期待の依田選手の表情を捉えるカメラ。日本のお家芸、体操ではメダルを連発、君が代が会場に響き渡る・・・

エピソード>
上記で触れたように、オリンピック担当大臣の河野一郎の「記録性に欠ける」という発言から「記録か芸術か」という議論を巻き起こした。ただ、こういったやり方は、ナチス・ドイツが開催した1936年のベルリンオリンピックの記録をレニ・リーフェンシュタールが撮った「民族の祭典」などもあり、初めてのことではない。

日本中の学校や公民館で幾年にも渡り、何度も何度も上映会が開かれたことから、事実上、日本映画史上最も観客を動員した映画だといわれている。

当時、撮影スタッフの一人だった映画監督の山本晋也は、市川監督に「選手の癖を撮れ」と言われ、困り果てたそうである。

キーワード用語集

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