中村 浩二

中村 浩二

ベトナム支社

マネージャー/ディレクター

中村 浩二

KOUJI NAKAMURA

三重県生まれ

● 得意分野 粘る撮影
● 趣味 写真
● 座右の銘 『人類皆兄弟』」
● 映像に興味を持ったきっかけ 小学校の時、初めて触ったビデオカメラで「崖が崩れる」を撮った時のワクワク感
● 思い出深い仕事 欧米系旅行会社の態度を変えさせたお仕事
● 好きなゲーム 缶蹴り

ベトナム支社のジーコです!

ボーダーレスのベトナム支社勤務、ニックネームは “ジーコ”です。ベトナムをベースにフリーの映像クリエイターをしていたのですが、縁あってボーダーレスの一員となりました。なんといっても現地スタッフとして“在住”しているのが強みです。言葉にも、そして文化にも精通しているつもりなので、ベトナムを始めとしたアジアの国々でのビジネスをお考えの皆さま、お気軽にご相談くださいね!

もちろん、生まれも育ちも三重県の、れっきとした日本人です。小学生の頃、友達のお父さんが持っていたビデオカメラを借りて撮影したのが、映像との出会いですね。僕とその友達、そしてその友達の弟と3人で『崖が崩れる様子』を再現…いえ、本当に崖崩れを起こしたわけではないですよ、3人でパントマイムというか、その模様を演じただけという。まあ、みんなでじゃれ合っているだけの、オチも何もないようなものでしたね。小学生のやったこととはいえ、今から思えば何が面白かったのか(苦笑)

気が付けば“映像”が

その後、映像には全く関係のない、普通の4年制大学に進学しました。でも、どういう訳か、僕の人生にはいつも“映像”が付いて回るのです。授業でCMのようなものを撮らされた、ということもありましたし、決定的だったのが、アメリカにホームステイした時のこと。お別れの日に、そこの家族たちとスナップ的に撮影した動画を軽く編集して上映したんです。僕としてはお礼代わりの気軽なノリだったのですが、それを見た人たちが大喜びしてくれて。中には感動して泣いてくれている人もいたりして。僕が作ったもので、こんなにも心動かしてくれている。「これだ!」って思いました。初めて具体的に“映像”が将来の夢になった瞬間です。しかし…

卒業後、関西に戻ってテレビ系の制作会社に入ったのですが、やはり、プロの世界はそんなに甘いものではなくて。厳しい下積みの日々が延々と続きました。それでも3年は我慢して勤めたのですが、やがて「こりゃ、あかんわ」と。その時に、映像の世界からはきっぱりと足を洗うつもりでした。今度はアジアの国で日本語の先生をやるぞ、と新たな夢を描き、資格も取り、ベトナムへと渡って講師を始めたのですが、2年ほど勤めた頃、なんとその学校自体が閉鎖に。給料は出ないし、他に働くアテもない。自分に出来ることといえば…と、ここで再びカメラを手にすることになりました。離れようにも離れきれない、気が付けばいつもそこに“映像”があるという感じですね。

アジアのジーコに

紆余曲折ありながらも、こうやってボーダーレスの一員になれた訳ですし、今はもう迷いもなく映像の世界で生きていこうと思っています。そして、今以上にフィールドを広げていきたいですね。例えばシンガポールやタイなど、アジアの国々を股にかけて、色んな国に撮影に出向いて、そしてまたベトナムに戻ってきて休んで。そんなクリエイターに憧れています。

そして、ゆくゆくは、アジアで活躍する日本人映像クリエイターといえばジーコだと、まず僕の名前が挙がるような存在になりたいと思っています。アジア各国から名指しでお呼びが掛かるような。そして、そこにはもちろん日本も含まれています。国内にクリエイターがたくさんいるのに、出張費を負担してでも僕をベトナムから呼びたいって言われるような存在に。10年後、いや20年、30年掛かるかも分かりませんが、やがてはそうなりたいなと思っています。